04

3月

2010

『映画が好き』

 映画を観るのが好きだ。洋の東西を問わず、また新旧も
構わず、割とよく観てきた方だと思う。だが、文学のよう
に『おたく』を名乗ることはできない。なぜか。「こいつ
には完全に負ける」という人物がいるからだ。

過日の会話。
「私、『リトル・ダンサー』、また観ちゃった。あれ、好
きなんだよねー」
「俺、あれ、最後まで観なかった」
「なんで?」
「主役(男の子)の見た目が嫌い」
「。。。」
 映画は、文学と違って見た目の好き嫌いが入るから厄介
だ。二人が共通して嫌いなのは、ニコラス・ケイジ。ちな
みに彼はフランシス・コッポラの甥である。
「『スラムドッグ・ミリオネア』が、俺の2009年のベスト
・ワンだな。嫌いだって人もいるけど」
「それ言ったの、私」
「なんで?」
「インドは女性蔑視が激しいから、主役の男に感情移入で
きない」
「。。。」
 そうした趣味や主義を除けば、彼がお勧めしてくれる映
画にハズレはない。『初恋のきた道』『猟奇的な彼女』…、
最近では『レスラー』が実によかった。色男として一世を
風靡したミッキー・ロークが増量して主演、落ち目のレス
ラーを演じる姿は本人の実人生とオーバー・ラップして、
彼の言葉を借りれば、「痛い。実に痛い。だけど、いい」
ということになる。
 私が彼に負けると思うのは、観てきた本数ではない。彼
が、好きな映画はDVD で購入し、ホームシアターで繰り返
し観るからではない。好きなシーンをどれだけ熱く語れる
かでもない。
 結論を先に言おう。「好き」と「おたく」の分水嶺は、
作品の裏側にあるドラマを熱く語れるか否かである。
 私が敗北を認めたとき、彼が語っていたのは、ウォン・
カーウェイ監督が『2046』において、チャン・ツィイーを
徹底的な悪女として描いた手腕についてである。
 チャン・ツィイーは、今やアジアを代表する大女優であ
るが、そのデビューはチャン・イーモウ監督の『初恋のき
た道』。女が見ても実に初々しく愛らしい「おぼこ娘」姿
であった。チャン・イーモウ監督は、北京オリンピック開
会式の総監督を務めた、今や国家を代表する監督である。
 この三角関係をものすごく平たく言うと、「苦労人の長
男が拾ってきて大切に育てた純真無垢な少女を、遊び人の
三男が悪い女にしてしまいました。しかも似合ってます」
という図式になる。
 今、少し調べて知ったことなのだが、チャン・イーモウ
監督は1951年生まれ、文化大革命のせいで下放に遭ってい
る。文化大革命といえば、ユン・チアン著の『ワイルド・
スワン』は、名著だと思う。私はこれを読んだ後、しばら
く娯楽のための本が読めなくなった。
 結論。私は映画も好きだが、文学の方がもっと好きだ。