08

3月

2010

『コラムのお手本』

 母が週刊新潮と週刊文春を愛読しているので、おこぼれ
でぱらぱらと読む。一番楽しみにして読むのは、週刊新潮
の藤原正彦氏のコラムだ。

もともと、固めの文章が好きだ。ケーキよりも煎餅が好
きなのと同じ、性質(たち)という奴だろう。
 『国家の品格』という、先年の品格ブームを産んだ本の
著者が藤原氏だ。数学者であり、日本人には稀有なウィッ
トという奴を持っている。が、氏が凄いのは、その血統で
ある。なにしろ、父親が新田次郎、母親が藤原ていなのだ。
『文学おたく』を自認する私の、アイドルと言っても過言
ではない。
 新田次郎は、寡作であった。理由は、彼が気象庁に勤め
る技術者だったから。『点の記』(先年、『剣岳』として
映画化された)、『強力伝』など、山を舞台にした作品を
残している。正直、私にはその良さはわからないが、文学
の趣味がすごく狭い(strictな)夫の愛読書なのだから、
そんなに悪くないのだと思う。
 藤原てい、について、私は詩人としてしか、最初は知ら
なかった。が、『流れる星は生きている』を読んで、びっ
くらした。満州引き揚げについては、宮尾登美子氏も書か
れている。が、両者の違いは、なんというか、どんなに悲
惨な状況を描いていても、藤原母の方には、底辺にユーモ
アがあるのだ。「この人はすげえ」と思った。
 そして、その母の筆の中で、『国家の品格』で話題にな
り、有名週刊誌の巻頭コラムを堂々と、髪が薄くなった、
どうやっても美男子とは言い難い、失礼を承知で言うなら
「その辺にごろごろいるおやじ」の顔写真付きで、飾って
いる数学者は! まだ年端もいかぬ、うんこちびりのやん
ちゃな次男坊として描かれているのである! これぞ、 
『文学おたく』の醍醐味!
 かくして、私は、藤原氏の文章を読む度に、「あんなに
やんちゃだった子がこぉんなに立派になって」と、近所の
おばさんのような感慨を持って、理文を味わえるのである。
 美文、麗文、匂い立つような…、文章のほめ言葉には様
々あるが、私は、小学生の時に出会った師から、「本当に
いい文章は、理系の中にある」と刷り込まれた人間である
から、理(ことわり)文と呼ばせていただこうと思う。
 なに、師といっても、カテキョー(家庭教師)である。
だが、すごい教育をしてくれた。小学校6年生の子どもに、
「NHKラジオ基礎英語」を毎日聞くことを半ば強制し、
読書が好きだと知ると、発達段階に合わせて、読むべき本、
読める本を教えてくれた。かくして私は、ランドセル背負
って、フランソワーズ・サガンを読む子どもになった。ほ
んと、どうかと思うけど、感謝してます。
 ところで、気楽なコラムを書かせていただいていても、
呼称は、本当に気になる。大作家さんに、有名人に、「さ
ん」をつけなくていいのか? それをつけない私は、何者
なのか? と。
 先日、必要があって『陰翳礼賛』を読み直した。その中
で、谷崎は、「漱石先生」と書き、「永井荷風氏」と書い
ていた。その微妙な違いが面白かった。それでいいのだ、
と思った。