水
17
3月
2010
『父の格言』
私の父は豪快な男だった。身体の方は、浴衣を着てディ
スコに行けば『相撲とり』に間違えられるほど。精神の方
は、生前から用意した自身の遺影が、特大のおちょことと
っくりを持った満面の笑みというもの。しかも、実際の葬
式の際には、「さすがだ」「俺も真似していいかな」「わ
しは飛行機の模型を持った写真にしよう」「俺は何にしよ
うか」と、いきなり盛り上がってしまう友人たちを持った。
「仕事にも家庭にも友人にも恵まれ、好きな物を食べ、
好きなだけ酒を飲み、あっさり逝った幸せな人生。少し早
かったけどね」というのが、弔辞の主旨で、私もそれが父
の人生であったと思う。(おじさまたち、その節は、本当
にありがとうございました)
私は、父に教えられたことが多い。「時間に遅れるな」
「告げ口をするな」ということから、「家庭は社会の縮図、
今は、お父さんが暴君に思えるかもしれないが、社会に出
たら、こんなものではない。今はその訓練だと思え」とい
う、実際的なものまで。父の教えにハズレはなかった。年
長の人たちと食事をして、「箸の持ち方が綺麗だ。素直な
性格なんだろう」と評価してもらえたこともある。
余談になるが、最近、これに類する文章を読んだ。固有
名詞は覚えていないが、昭和に活躍した監督が俳優の性格
を計る一つの基準として、箸の持ち方の綺麗さを挙げてい
た。が、別の見方をすれば、それだけ厳しい親にしつけら
れた、ということになる。
父の教えで、2年前に一つだけ、守るのを止めたことが
ある。それは、「お前は女のくせに頭がいいから可哀相だ。
せめて、馬鹿のふりが出来るくらいに賢くなりなさい」と
いうもの。
きっかけは、ストレス性の病気で倒れたことだった。小
さな物音にも怯え、ベッドに横たわっているしかできなか
った私に、夫は言った。「あなたは、言いたいことを言わ
ないからよくない。胸のうちにあることは無理してでも言
うようにしなさい」と。
ベッドの上であれこれと考えあぐねた結果、夫に聞いて
みた。
「ねえ。私、もう、馬鹿のふり、するの止めようかと思う
んだけど…」
「いいんじゃないの? もう、そういう年でもないでしょ
う。言いたいことは言った方がいい」
かくして、ここで、こうして偉そうにもの申している私
がいるわけである。
実は、父の教えはもう一つある。「自分のことは書くな。
書けば自分が苦しくなってゆく」。28才の時に言われて、
これもずっと守ってきたが…。
父には、もう少し生きていて欲しかったと思う。が、同
時に、私の呪縛が解けるのには、いい頃合いだったのかも
しれないとも思う。
西尾市 アート 音楽 公演 伝統芸術 文化 イベント 情報 Nishio Arts.net にしおアート ねっと













