06

4月

2010

『母の使命』

 私の母は、とんでもない美人である。百人のうち、99人
までが綺麗だと認める容姿に加えて、小成金の長女という
出自。つまり、怖いもんなし。免許をとった昭和29年には
ツートンカラーのセダンを操り、まだ自家用車の少ない名
古屋の道をぶいぶい飛ばしては、名タクの運転手さんに、
「お宅のお嬢さん、どこそこの電柱にぶつかってました」
と報告されていたという。

 そういう母が、「見たことないタイプだったから、魔が
さして」結婚したのが、父。最初に生まれた子どもが私。
 子どもの頃の私は、母を見られるのが嫌だった。「お母
さんはあんなに綺麗なのに」「お母さんはあんなに上品な
のに」という大人たちの声が聞こえてくる気がしたのだ。
これは妹も同様で、かかりつけの歯医者さんに母と行って、
見知らぬ人から「もしかして、平塚(旧姓)さんのお嬢さ
ん? まあ、お父さん、そっくり」と言われ、いきなり大
泣きしたそうである。
 かといって、母は権高であった訳ではない、むしろ、愛
らしいタイプだ。どれほど愛らしいか、というと…。
 私が外で酒を飲める年齢になった頃、母と二人でスナッ
クに行った。酒が回り、場がほぐれ、カウンターで隣り合
ったおじさんが母に言った。
「いやあ。本当にお綺麗ですね」
「まあ。私、そんなこと言われたの、生まれて初めて!」
 私は、あんぐりと口を開けた。口の中に酒がはいってい
たら、噴いていたことだろう。
 間もなく後期高齢者になるという今も、母は変わらず、
愛らしい。近所の喫茶店のマスターとの会話。
「いやあ。奥さんは、昔は、天女のようにお綺麗だった」
「昔は?」(と、小首を傾げる)
「いや。今も、今も、もちろん、お綺麗です!」
 この調子で、近所の市場や魚屋に行っては、自分で持ち
切れない買い物をし、お店の人をお伴に従えて帰ってくる。
「お店に迷惑だから、自分でもてるだけの物しか買わない
で」と言えば、「娘に怒られるから」と、店先で肩を落と
してくる。と、どうなるか。下町では、
「お母さんのこと、怒ったって、かんよ。ええか!」
「見てるとほっておけなくてさあ、こっちが好きでやって
ることだから、怒ったるなよ」
 と、私がお店で怒られるのである。
 もうおわかりだろうか。標題の『母の使命』とは、「私
が綺麗でいること」。
 母の使命のおかげで、得をすることが一点だけある。買
ったけれど「私には似合わなかった」洋服をくれること。
父は、「普通の家は、娘のお下がりを母親が着るのに」と
嘆息したものであるが、その父が死んで、家を建て替える
ことになったとき、母は「ウォークインクローゼットを」、
娘は「壁一面の本棚を」最優先事項とし、それはそれでお
互い幸福に暮らしているのでした。