08

4月

2010

『大学で教わったこと』

 先日、自分のコラムを読み直していて、「あれ?」と思
った。そういえば、なんで、私、大学に受かったんだろう。

 私が通ったのは南山の英米である。誰もが落ちると確信
していた。合格報告に行ったとき、学校の先生から「なん
でお前が受かったんだ」と呆れる、というより非難の視線
を浴びた。「お前みたいなのが受かって、他の生徒が可哀
相だ」と言わんばかりである。いや、実際にそう言われた
ような気もする。
 その理由を、ふと思い出した。試験のとき、辞書が持ち
込み可だったのだ。振り返ってみれば、太っ腹な、いい学
校だった。
 『アメリカの政治』の最初の講義のとき、教授が言った。
「皆さんが、四年間、大学に通って出来るようになるのは
ただ一つ。論理的な文章が書けるようになることです。そ
れ以外は、自分で努力してください」
 努力しなかった私は、岩野教授の言われた通りの結果に
なった。今でも夢に見る。級友に頭を下げてノートを借り
る夢や、試験日なのに教室がわからない夢を。
 大学で教わったことで、もう一つ、いくら感謝してもし
きれないことがある。「文章を書くということはどういう
ことか」。私はこれを、英作文の授業を担当していた若い
(おそらく研修で来られたのだろう)アメリカ人の先生か
ら教わった。
 英米は宿題の多い学科だった。英作文の授業の宿題は、
「毎日、英語で日記を書け」。一週間に1回か2回のクラ
スの度に提出するそれは、真っ赤っかになって返ってくる。
aだのtheだの、いっちいち丁寧に直してくる。私がい
くら間違え続けてもお構いまし。互いに執念すら感じられ
るほどだった。いや、事実、私は先生を憎んでいた。学食
で先生を見かけると、「日本に来たんだから日本語を話 
せ」と、心の中で毒づいた。先生の方も同様だっただろう。
「英語を学びに来たんだから真面目にやれ!」
 その確執のせいもあったろう、私の価値観の大転換は。
真っ赤っかの細かい書き込みだらけの日記の、ある日につ
いて、先生は、Very Good!! とだけ赤ペンの
文字で書いた。その上、私を手招きして、こうおっしゃっ
た。「これまでのあなたの日記は、難しいどうでもことば
かり書いてあって心が伝わってこなかった。しかし、ご家
族のことを書かれた日記からは、愛が伝わってきた。文章
は、人に何かを伝えるためにあるのです」
 驚くとともに、普段は理解できない先生の英語が、その
ときだけは、理解できた(ほんとかな?)。振り返ってみ
れば、偉い先生だった。クラスに20人はいたと思う。その
毎日の日記に、文法のミスを正し、コメントしてゆくのだ。
 大学に通った四年間で私が学んだことは、「論理的な文
章を書くこと」と、「文章とは、人に何かを伝えるために
あるのだ」ということ。日本語では、一生、理解できなか
ったことだと思う。
 時々、英語が恋しくなる。いまだ小学生レベルの英語力
でハリー・ポッターを読む。子どものようにわくわくして。
 ドイツ哲学は、ドイツ語の文法なくしては生まれなかっ
たというし、フランス人の議論好きはフランス語の文法な
らではだとも聞く。私は、オープン・ハートを、米語から
教わった。