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5月

2010

『英語について ふたたび』

 『大どろぼうホッツェンプロッツ』というジュブナイル
(子ども向け物語)があった。このシリーズは、「ふたた
び」「みたび」と続いていた。どこまで続いたのか覚えは
ないが、「まだまだ」「しつこく」と続いていたら面白か
ったろう。子ども心に、「なんだか、かっこいい」と思っ
たものだ。

 さて。英語について、ふたたび。
 私と英語とは、およそストレートではない係わりがある。
順を追っていこう。
 小学校低学年のとき、「ママ友」つながりで、自宅で開
講される英語教室に半年ほど通った。小学校6年生のとき、
「NHKラジオ基礎英語」を一年間聴いた。高校1年のと
きには、英語は落第すれすれだった。高校3年になって、
国公立を受けるつもりだったので、仕方なく勉強を始めた。
建築科を受けるつもりだった。しかし、数3の微積のつま
らなさに挫折、「大学に行ったらそんなことばかりだよ」
と聞かされ、文転したのが、夏休み。
 共通一次(今はセンター試験でいいのかな?)で失敗し
た。この話を人に話せるようになったのは、30才を過ぎて
からだ。それ以前に、話した人は夫しかいない。先年、話
した人には、「あなたという人が少しわかった気がする」
と言われた。
 私は数学の問題で定規を使った。試験が終わった帰り道、
級友と話していて、「あんな問題、定規を使えば簡単じゃ
ん」「え!? 定規、使ったらいけないんだよ」「え!?
 まじで!?」「うん。。」「知らなかった。。」
 すごく悩んだ。人生で最初にぶつかった大きな悩みだっ
た。「そんなこといいじゃないか」と思う自分がいる一方
で、「でも、誰も知らなくても彼女だけは知っている」と
いう私がいた。そして、私は、国公立受験を断念した。
 さて。それからが大変である。滑り止めに短大は受けて
いたものの、短大に行く自分など想像できなかった。親か
らは、「四年制なら、手に職がつく地元の学校しか駄目」
と言われていた。そこで、「通訳か翻訳家になるから」と
言って、受験料も自分で払って、「絶対に受からないか 
ら」と言って、よくわからないままに、名古屋の私立文系
で一番偏差値の高いところを受験した。受験準備、多分、
一ヶ月くらい。
 そんな経緯で行った学校だった。周りは「英語が好き」
「留学経験あります」「アメリカ人と結婚したい」という
女子ばかりだったので、苦労した。英語なんか、ちっとも
好きではない。父親からは、「英語は道具にしかすぎない。
英語を話す人間を使える人間になれ」と言われていた18才
である。推薦入学も多く、プチブルも多かったから、本当
に異質だったと思う。
 幸いだったのは、少人数教育で、教授陣の面倒見がよか
ったことだ。なんとか卒業にこぎつけた。
 先のコラムで引いた藤原正彦さんの『流暢と教養、並び
立たず』の、教養の部分について。本当の国際人とは、自
国の文化を体現できる人間である。「あなたの宗教は何 
か」と問われて、「無宗教」と答えるなどもってのほか。
 「アイデンティティ」という英語がある。日本語に訳し
にくいとされている。少なくとも、「アイデンティティ」
という単語の説明しにくさを理解し、その上で自分の「ア
イデンティティ」を他人に語れる日本人が、国際人の最低
条件であると思う。
 英語で、とても好きな言葉がある。uncompromising
people。私は高校の時から、『硬派』だった。