28

5月

2010

西尾城 錦城町

 

 

 

<西尾城 錦城町>

 西尾城の前身である西条城は、十三世初めに足利義氏によって築かれたと言われています。

しかし、その実態は不明で、その規模についても全く知ることができません。正確な事象としては、発掘調査で侍屋敷を区画する溝が見つかり、十五世紀中ごろには明らかに現在の地に城郭が築かれていたことが証明されました。江戸時代になる直前、西条城は西尾城と名を改め、西三河南部の押さえの城として幡豆郡でただ一つ築かれました。天正十三(一五八五)年に家康の命によって、三河一国の人が集められ大規模な修増築がなされ、天正十八年(一五九〇)には田中吉政によって三之丸が構築されました。明治四年十一月、一般の人々に天守の参観を許し、その後、建物が取り壊されました。現在、再び西尾城下のシンボルであった城郭の整備が進められ、歴史公園は市民の憩いの場となっています。

 

 

<文 松井直樹 絵 都筑進><西尾百景は平成7年〜18年まで西尾広報に掲載されたものを再編集したものです>

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