水
23
6月
2010
寺津城
寺津城 寺津町
寺津城は臥は臥蝶城とも呼ばれ、現在の寺津町御屋敷地内にありましました。
十六世紀初めに吉良氏重巨大河内信綱が築城し、永禄四(一五六一)年にその孫秀綱が徳 川軍との攻防で吉良氏とともに敗れたことによって 城が取り壊されたと伝えられています。
安政五(一八五八)年の「寺津村絵図」によると、 城跡は南北四九メートル、東西三八メートルと南北四九メートル、東西一〇メートルの土塁に固まれた二つの曲輪が南北に並んで描かれています。この曲輪の南には二つの大きな屋敷地があり、東側の屋敷には大河内氏の菩提寺である金剛院が建てられています。
現在、瑞松庵裏手の稲荷社付近に城郭北西部の土塁が残り、同庵境内には大正六年建立の「寺津城祉」記念碑が立っています。城跡は、金剛院に立ち並ぶ大河内信貞・秀綱・秀綱夫人の石塔とともに、戦国期の寺津をしのばせばせる貴重なものとなっています。
<文 松井直樹 絵 都築進><西尾百景は平成7年〜18年まで西尾広報に掲載されたものを再編集したものです>
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