金
30
7月
2010
『昔日』
私の生家は美濃街道に面しており、戦争未亡人となった
祖母が布団屋をしていた。夏になると、祖母は道に椅子を
出し、アッパッパの胸元に団扇で風を送りながら、夕涼み
をしていた。道行く人々が祖母に声をかけ、あるいは立ち
話をし、そうして、夏の夕は暮れていった。
祭りには、法被を来た。子ども神輿を担いで、掛け声を
かけながら町内を練り歩いた。幼い頃は男の子と間違えら
れることの多かった私は、期待に応えるべく誰よりも大き
な声を上げ、勢いあまって電柱に登ったり、落ちたりした。
家にはいとこたちが遊びに来た。お寿司を食べてから、
浴衣に着替えて縁日に行った。帰ると路上で花火をした。
線香花火が上手にもてるようになると、ねずみ花火を道行
く人や車の足元に投げ込み、驚かせて楽しむという「わる
さ」もするようになった。
自分の町内だけでなく、隣町の祭りにも遊びに行った。
隣町には神輿だけでなく、太鼓があり、大人だけでなく子
どもも打つことができた。私も、その町内の子どもから
「特別に」と打たせてもらった。練習を積んだ彼らとは違
い、ずいぶんと頼りない音しかでなかった。
祭りが楽しみでなくなったのは、いつ頃からだったろう。
大学のときはまだ、中学の同級生たちとつるんで遊んでい
たので、他人の家に上がり込んで、御馳走にありついたり
した。遊びつかれて、ベッドに横になり、開け放した窓か
ら、祭りが終わってゆく気配に耳を傾けたりしていた。
「やっとかめだなも」「今年は晴れてよかったなも」「明
日も天気がもつとええなあ」。祖母の使う団扇の音さえ聴
こえてくるような、祭りのあと…。
隣町の公園まで行って、打ち上げ花火に興じた年もあっ
た。自分の町では、苦情が怖いので、遠征である。缶ビー
ルを飲みながらの大騒ぎ。
そんなことを思い出したのは、「町娘隊」に、「西区民
まつり」からのお招きがあったからだ。祭りの場所は、奇
しくも、若かりし日の私が打ち上げ花火をして騒ぎまくっ
ていた公園だ。昔日である。
当日は、武将隊ほか、名古屋のゆるキャラが大集合する
らしい。公園の隣には、今年になって移転したばかりの区
役所&保健所がある。いろんなことが変わるけれど、子ど
もたちに祭りの楽しさを残してあげられたら、と思う。
「町娘隊」に区民祭りに参加してもらうのは、我田引水の
ようで気がひける部分もあるけれど。相棒には、「それは
観光に役立つんですか?」「おみやげの売上は見込めそう
ですか?」と言われたけれど…。許してもらっちゃった♪
お詫びに、がんばって広告取りに励みます。はい。
<お詫び>
<編集の手違いにより、【昔日】の掲載が遅れました。著者と読者皆様にお詫び申し上げます>
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